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2007年04月02日

●JR20周年に思う。

4月1日で、JR各社が発足20周年を迎えた、というニュースを見て
思わず唸ってしまった。
あれから、もう20年も経ったのかぁ。

20年前のこの日、16歳だった僕は、クラスメイト4人で中国・四国地方を旅行していた。
目的は「国鉄からJRに変わる瞬間に、電車に乗っていよう!」というもの。
青春18きっぷを買って、確か4日間掛けて回った記憶がある。

大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)という面白い駅で写真を撮ったり
徳島駅で野宿したり。流石に20年も前のことなので、旅程も正確には思い出せないが
昭和62年4月1日を迎えた瞬間のことは覚えている。

その直前の21時?22時ごろ、僕らは国鉄宇高連絡船の船上にあった。
まだ瀬戸大橋がなかったこの頃は、四国の高松と岡山の玉野を国鉄のフェリーが連絡していた。
確か1時間ぐらいの船の旅だったと思う。
この船のデッキでは、若干チープな讃岐うどんが売っていて、それを食べた記憶がある。
船上にはNHKのTVクルーが居て、「間もなく国鉄はJRになります」なんてレポートをしていた。

宇野に着いた後、時間調整をして国鉄宇野線の小さな列車に乗った。
この列車が、岡山駅に着く直前に0時を迎えるものだった(はず)。
確か2両か3両程度の編成だったと思う。

もうすぐ12時だね。なんて話をしていたら、車内放送が始まった。
普段とは違う、「私達はJRに変わります。」という車内放送。
当たり前だが、普段はそんな車内放送なんてしないもんだから、車掌さんもカミカミ。
途中、失礼しました。の言葉を頻繁に挟みながら、2分か3分位のスピーチ。
最後尾車両に乗っていた僕たちは、車掌室で原稿片手に悪戦苦闘する車掌さんを見ていた。
「…間もなく0時となります。これからも、JR西日本を宜しくお願いいたします。」
そんな言葉(正確には思い出せないけどね)で車内放送を締めくくった瞬間。
車内に居たお客さんが、全員拍手をしていた。もちろん僕たちも拍手した。

「普段はこんなもの読まないから、どうも上手く行かなかったですよ。」と
車掌さんが照れくさそうに僕ら旅客に話しかけてきた。
国鉄がJRになって、最初に僕たちが到着した岡山駅のホームで
僕たちはその車掌さんと、隣のボックスシートに座っていて仲良くなった家族連れと
一緒に記念撮影をした。
懐かしいなぁ。

世の中の事象が大きく変わる時、その記念にと色んなことをする人たちが居る。
大概のそれは「アホらしい」と無視する僕だが、この経験は貴重だったと思う。
国鉄がJRに変わった昭和62年4月1日を、絶対に忘れることはないから。
逆に、昭和から平成に元号が変わったあの冬の日や、聖徳太子が福沢諭吉に代わった日、
専売公社がJTになったり、電電公社がNTTになった日のことなんて、全然思い出せない。
自分の記憶や経験と結びついてないからだろうね。

あれから20年、というと物凄く時間が経っていることに気が付く。
36年も生きていると、それなりに「歴史」の中を渡ってきたことに気が付く。
その歴史に、ただ乗っかっていくだけなのか。それとも、一石を投じることが出来るのか。
或いは、歴史そのものをかき回すことが出来るのか。
せっかく生まれて来たのだから、この世に何か一つでも、この歴史に何か一つでも残したい。
その意気を忘れずに、新しい春を迎えたいと思う。

明日から、またエアフレイムにも、僕の部にも新しいスタッフが入ってくる。
このメンバーで歴史にアクションを起こせるように、しっかり頑張らなきゃね。

また、会社を辞めたり、新しい会社に移ったり、新しい会社を作ったりしながら
この春新しいフェイズに突入する沢山の仲間たちと、またどこかで合流しながら
前を目指そうと思います。
みんな、頑張ろうね!