コタローさんとダーツノさん。ありがとう!
昨夜は渋谷で会食。
売れっ子放送作家のコタローさんと、これまた売れっ子ディレクターのダーツノさん。
じき祝言を挙げられるお二人と、楽しい時間を過ごしました。
お二人が尽力されている女川さいがいFMのお話や、千葉の某FM局と千葉県民の人生の連関(笑)
震災を軸としたラジオの話題、コタローさんの爆笑エピソードなどを伺っていたら
あっという間に時間が経ってしまいました。
その中で、コタローさんに不意に渡された紙の束。
なんだ?と見てみたら、96年から99年頃の九州朝日放送の営業資料でした。
僕がまだ同局に在籍していた頃。25歳から29歳くらいの間、毎日持ち歩いていたものです。
僕が作った企画書のひとつが、一番左のもの。
コピーとかデザインの癖が、いまと変わらない(笑)
大量の企画書の中には、僕が作った企画書もありました。
それらを見ていたら、当時の仕事に懸ける想いだとか、仲間たちとの日々だとか
楽しかったこと、苦しかったこと、一生懸命だったこと、切なかったことなどの記憶が一気に溢れて
図らずも涙が出ました。
20代後半の、夢中で仕事をしていた頃の自分に突然逢えたのですから!
当時は胸の中に苦しいものを二つ、常に抱えていて
僕は仕事に逃げ込んでいました。
仕事をしている時は、苦しいことを考えずに一所懸命になれました。
仕事をしている自分には、必ず居場所があるような気がして
予定のない休日に耐えられない気持ちになると、無意味に会社に行って仕事をしたりしていました。
あれから15年近い時間が経ち、自分を取り巻く環境は殆ど全て変わりました。
働く場所も、生きる街も、挑むものも、共に歩む人も。
まるで過去と断絶するような選択肢ばかり選んだような気もします。
その選択には微塵の後悔もありませんし、自分の人生を肯定していますが
過去の記憶に触れると、それが失くした宝石のようで。
あの頃の僕が、いまの僕を見たら、どんな感想を持つんだろう?
そんなことを考えています。
コタローさん、ダーツノさん。
貴重な機会をありがとうございました。
お二人とご一緒して、得難い経験をさせてもらえました。
ちょうどその頃の僕。残っている写真は仕事がらみのものばかりなんです(笑)