I love you!

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ちょうど一年前のこの時間から、僕の日常は全て変わりました。
そして、その日常が例えようもなく愛しいものとなりました。
拓真、1歳の誕生日おめでとう!
パパとママを選んでくれて、本当にありがとう!

また、次の一歩を。

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おつかれさまでした。

株式会社SEVEN創業の記念碑的存在である、初代EeePC
とうとう動かなくなりました。
疾うの昔に引退して、数ヶ月に一度Windows update等の更新だけしていたのですが
無線LAN周りが壊れたようで、何もできなくなりました。
元より、Celelon M(630MHzだっけかな)+RAM1GB+SSD4GBという
今ではiPhone4以下のスペックでしたし、4月にはWindowsXPのサポートも終了しますから
どの道活用のしようも無かったのですが、やはり寂しいですね。
これを購入したのは2008年の2月初め
まさに株式会社SEVENを起ち上げるひと月前でした。
当時はオフィスもなく、これをあちこちに持ち歩いて(渋谷・赤坂のルノアールが多かったなー)
番組の台本や企画書を書いたり、登記のための書類を作ったりしていました。
それ故に、このPCが「創業の記念碑」になっているんですね。
あれからもう6年。
株式会社SEVENも、間もなく第6期を終えます。
第7期に向けて、来週から新しい動きも始まりますし
長く続いている案件も、それぞれに動きが出ています。
それぞれに向き合う時に、6年前の創業の志を忘れずに
フレッシュな気持ちで臨みたいですね。
ありがとう、EeePC。
おつかれさまでした。

新年のご挨拶

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皆さま、新年明けましておめでとうございます。
私が正月を過ごす福岡市は、
これぞ日本のお正月!と云いたくなる穏やかな晴天で
寒さもなく、
明るい一年を予兆させる一日となっております。
昨年は株価も大幅に上昇し、
本格的な実体経済の好調を期待させます。
勿論、外交の緊張や増税など、懸念もありますが
先ずは経済的体力を恢復し、震災被災地の復興などにも弾みをつけるため
明るく、元気良く、日々日本経済に参画したいと思います。
一方、弊社・株式会社SEVENにつきましては
いよいよ社名に因む第7期を迎えますが
それ相応しい成長を目指し、一所懸命努力致します。
個人的には、間もなく一歳を迎える我が子の成長を楽しみつつ、
良き父、良き夫としても
悔いなく日々を送りたいと思います。
それらをお支えくださる
私のまわりの素晴らしい皆様には、
日々ご恩を忘れず、幸せを祈り、
仕事などを通じて貢献できるよう
誠実に歩む所存です。
どうぞ本年も、何卒宜しくお願い致します。
末筆になりましたが、
寒い日が続き、暮れにはインフルエンザが流行期に入ったとの
報道がありました。
大切な皆さまにおかれましては、
御身ご自愛くださいませ。
平成26年、2014年も
手を相携え、幸せを築いて参りましょう。
どうぞ宜しくお願い致します!
※写真は、本日午後撮影したものです。
福岡市民の憩いの森、油山から市内を撮影いたしました。

今年もお世話になりました。

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この日から、僕の日常は一変しました。

福岡での仕事を終え、実家で過ごしています。
この一年を振り返ると、やはり何よりも大きなトピックだったのが、息子の誕生。
あの日、溜池での収録を終え、駅でも空港でも走りに走って福岡の病院に向かったのが
遠い昔のように思えます。
彼のお陰で、一年を一所懸命に駆け抜けることができました。
そして皆様のおかげで、株式会社SEVENも順調に第6期を進んでおります。
本当にありがとうございました。
勿論、日々の暮らしや仕事の中には
楽しいことだけではなく、苦しいことや辛いこと、反省が必要なものもたくさんあります。
それらを振り返り、来年の糧とする年末年始休暇を過ごしたいと思います。
今年もお世話になりました。
皆様に於かれましては、良いお年をお迎えください。
それでは、また来年も何卒宜しくお願い致します!
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上の写真から11ヶ月強。チビはこんな風になりました。

2013年のラストスパート

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先日、カミさんに盗撮されておりました(笑)

個人的に「激動の一年」だった2013年も、間もなくゴール。
今年は珍しく、仕事納めは郷里の福岡で迎えます。
吉井和哉さんのファンミーティング会場で、公開収録などを行います。
マリンメッセの年末ライブの後、Zepp福岡で朝までコースです。
放送局の社員だった頃は、会社で年越しをすることが多かったのですが、
ちょっとその頃の雰囲気を思い出したりしています。
その後、東京組のスタッフを見送ったり、
当地のお仕事関係の方との会食などがあって、大晦日からオフ。
折角なので、久し振りに三瀬峠までドライブして
三瀬そばで年越しそばを買って、熊の川温泉にでも浸かるべいか…と
いろいろ考えています。
…とは言っても、チビが生まれて最初のお正月。
孫フィーバーの親や親戚も待ち構えていますから
実際には慌ただしい年末年始休暇になりそうです。
皆さんは、もうご予定はお決まりですか?
残り一週間、一所懸命頑張りましょう!

想いを贈り、喜びを得る。

子どもへのプレゼントを考えることは
こんなにも楽しく、嬉しい時間だったのかと驚く。
もうすぐクリスマスですね。

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先日、初めて家族三人で旅しました。
車窓からの北陸の眺めは、息子の目にどう映ったのでしょう。

謹告

2013年11月29日(金曜日)より、12月1日(月曜日)まで
株式会社SEVENは休業とさせて頂きます。
ご面倒をおかけいたしますが、何卒宜しくお願い致します。

長生きの理由。

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9ヶ月と12日で、チビは自立するようになりました。
気づくとリビングに突っ立って窓の外を観ていたりします。

昨日、43歳になりました。
facebookを中心に、たくさんの方々からお祝いのお言葉を賜りました。
半蔵門のSさんからはすっかりご馳走になってしまいまして、恐縮しきりです。
皆さん、本当にありがとうございました。
実は不惑を過ぎて最近まで、長生きはしたくないと思っていました。
老醜を怖れ…というとまだ格好がつきますが、
人生ってハードだよなぁ。これで歳喰ったらもっと辛いなァ、なんていう
随分ヘタレた考えに拠るものです。
ですから、長生きしたいと曰うお年寄りなんかを見ると
なんで!?と不思議でしかたなかったのです。
ただ、1月に息子が生まれ
日々(誇張ではなく、ホントに!)何かしら成長を見せてくれる彼と触れ合っていると
彼が幼少期、青年期を経て、どんな大人になるのか。どんな人間になるのかを
ずっと傍で見ていたい、と願うようになりました。
子どもの存在は、死生観すら覆すのかと驚くばかりです。
最近は、2020年の東京五輪の頃を夢想します。
秋晴れの空の下、新しい国立競技場のスタンドで
小学校に入ったばかりのチビと一緒に、世界のアスリートの活躍を応援するという内容です。
彼が大人になる頃には、住む場所も働く場所も、国境は関係なくなるでしょう。
だからこそ、世界の広さや素晴らしさを、五輪や様々な機会を通じて伝えたい…
早くもそんなことを考えています。
その為にも僕自身が、一日一日を大事にして、充実した人生を歩みたいと思います。
どうぞ新しい一年も、何卒宜しくお願い致します!

いつの間にか

秋本番。日中暑い日も、朝晩は肌寒いほどですね。
創業以来最高水準の慌ただしい夏を何とか走り抜けたものの
連休を取るほどの余裕は未だ持てない最近。
夏場の出張シリーズ(軽井沢やら福岡やら大阪、浜松など)では
いずれも現地滞在時間が数時間のレベルだったので
先週公開放送を行った「吉井和哉チャンネル」の大阪出張では
なんとか神戸とか名古屋に寄り道したいな…と思っていました。
ところがそうは問屋が卸さない。
打ち上げで1時過ぎまで飲んだ翌朝は6時過ぎに起床して
ハワイのスタッフと電話打合せ→朝食後に企画書を作成、
最後は東京から急ぎの作業要請が…(^O^;)
結局、梅田の阪神百貨店地下・スナックパークで、名物のイカ焼きを食べただけで
新幹線を繰り上げて帰京したのでした。
(しかも新幹線の車内でも仕事…)
流石に「忙しすぎてヘコむ」という珍しい精神状態に陥ったのですが
零細経営者としては、「暇すぎてヘコむ(精神も会社の口座も)」よりは遥かにマシ。
追い回されるくらい、たくさんのお客様にお声掛けを頂けることに
日々感謝・感激しております。
本当にありがとうございます!
最近は、土日出社だけでは時間が足りず
「24時出社」とか「6時出社」といった、最近流行りのエクストリーム出社の仕事版
(それ「エクストリームな時間に出社」じゃんかw)を盛んにしておりますが、
何とかお客様の負託にお応えするべく
自分自身を最大限フル活用して、秋も頑張りぬきたいと思っています。
来週末は、栃木県は佐野市まで出張。
翌土曜日がレギュラー収録のため、道草は食えませんが
気分転換に佐野ラーメンでも食べてこようと思っています。
更にその数日後は、なんとホノルルでCM収録!
…まあ、現地のオペレーションはうちのスタッフにお願いして
僕は東京で編集なんですけどね(笑)
全国を股にかけて働いておりますので、どうぞ各地の皆さま、
株式会社SEVENは東京の会社だ、と決めつけずにご指名下さいませ!
来年こそは、社員を採らなきゃなー。

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最近空いた時間は、すべてチビに注ぎ込む方針です。

師の訃報に接して

熊さん、覚えていますか。
あの、阪神大震災復興支援コンサートが
内々定から一転、ご担当者様の死によって見送られたあの日。
KBCに入社して、あんなに夢中になって企画を建てたのは初めてで
あんなに心を込めて、祈るように企画書を書いたのは初めてで
岸川さんが無理やり1月17日のサンパレスをこじ開けてくれて
代理店の支社長さんも、次長さんも「本当にありがとう」って言ってくださって。
だから、あの結論が信じられなくて、余りにも辛くて、悔しくて
ラジオのフロアで泣き叫ぶ僕を
熊さんは首根っこをひっ捕まえて、会社から引きずり出しましたね。
まだ準備中のモツ鍋屋に無理やり入って
落ち着け、落ち着け、とビールを飲ませましたね。
こんなことはまま有る事。時として諦めることも必要だ。
でも、この仕事に懸けた思いだけ忘れずに胸の中に収めておけばいい。
熊さんはそう諭してくれましたね。
熊さん、俺、あの日の企画書
未だに時々読み返すんです。
この世界で戦い続けるために、仕事に想いを込め続けるために
あの日の記憶を、まるごと胸の中に置いておくために。
「お客のところには一日に三回行け。行く理由がなくても、居場所がなくても行け。」と言われて
最初はなんて理不尽なことをいうオッサンだ、って思いました。
でも、あの大手門の代理店でそれをやり続けたある日、S課長から
「お前いい加減にしろ!この案件くれてやるから会社に帰れ!」と笑顔で発注書を貰った時
熊さんに心から感謝したこと、昨日のことのように思い出します。
別府橋にご自宅があった頃、一度お休みの日にお邪魔しましたね。
奥様が美味しいご馳走を作ってくださって、はにかみ屋さんの娘さんとおしゃべりして。
何を話したかはもう思い出せないけど、あの日の帰り道、
嬉しかったことは忘れません。
熊さん、覚えていますか?
チャリティ・ミュージックソンの企画で、熊さんがデタラメな企画で売ってきて
朝一番でGさんと喧嘩になった時。
「俺は看板ば作るっちゃ言うとらんばい。看板みたいなのば作るって言ったとばい。
G、あんたワープロでチャチャッと打っとかんね」と言い放った熊さんに
僕が吹き出して、Gさんも熊さんも思わずつられ笑いして。
あんなに大笑いしたのもなかなかなかったですね。
結局Gさんが色々無理をして、会場にはちゃんと看板があったんじゃなかったかな。
熊さん、まだまだありますよ。
スポンサーの名前を平気で間違えたり、お客に電話する時、名乗るのはいつも最後だったり
酔っ払うとモツ鍋になんでもかんでも放り込んだり
見た目はその筋の人みたいな強面なのに、テニスが大好きで、奥様ともテニスコートで出会って。
笑うと博多仁和加にそっくりで、誰からも好かれていて、営業部員はみんな熊さんのモノマネして。
俺が熊さんのモノマネで、「ダブルバスターズ」のコントコーナーに出演して
それを聴いていたFさんが脱輪しそうになった時も
熊さんはにやーっと笑いながら
「お前、俺に著作権料ば払わないかんめーもん」と笑ったこと。
熊さん。
熊さんとの思い出は、俺の駆け出し時代の
恥ずかしくて、ダサくて、でもキラキラしていた頃とキッチリかぶってるんです。
嬉しかったことも、悔しかったことも
笑ったことも、泣いたことも
全部全部、その傍に熊さんが居たんです。
熊さん。
僕は熊さんを始め、KBCの先輩方に、ラジオマンの基礎を作って頂きました。
いまこうして、東京で独立してラジオの仕事を出来ているのは
熊さん達大先輩の薫陶があったからです。
でも俺、まだ一人前になれたと思えないです。
あの頃の熊さんみたいに、強くて優しくて、デタラメなのに誰からも愛されるような
そんなラジオマンにはなれてないですもん。
でも、一人で歩いて行かないとダメですよね。
頂いたものを、次の世代に渡していかなきゃいけないですもんね。
熊さん、俺、頑張ります。
熊さんみたいな大人物にはなれませんけど
スポンサーの前で社名を間違っても平然とはできないけど
そんな時の、あの茶目っ気たっぷりの笑顔ができるようには
しっかり頑張ります。
いつか……まだ時間は当分かかるけど
お会いできた時には、またモツ鍋つつきましょう。
でも俺、あんまりお酒は強くないままだから
潰さないでくださいよ。
それまで、俺がサボらないように
くじけないように
見守っていて下さい。
熊さん。
熊さんは、俺のラジオマンとしての
そして人生の先生でした。
本当にありがとうございました。
ゆっくり休んで、旨い芋焼酎を飲んで下さい。